石見霊場第四番札所 |
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平安中期の寛和元年(九八五)、現宝塚市中山寺の雲海上人の開山です。今日までの約一千年の間に、弘治三年(一五五七)、慶長九年(一六〇四)、宝永元年(一七〇四)、昭和五年(一九三〇)の四度の火難と、また弘治三年には山崩れにも遭い諸仏像と仁王尊等を残すのみで、遭難と再建の繰り返しが続いた訳です。 金剛山という名称は華厳経によったもので、今経典とその注釈をもとに記しますと、東海の海中に金剛山と名づける山があり、古来より多くの菩薩が居られました。現に宝基菩薩が住されて説法をされており、遠望すれば山全体が金色であると。
また庫裏の近くには、弁慶屋敷と呼ばれる平地と、弁慶井戸と呼ばれる井戸も現存しております。 これらの信憑性はともかく、歴史の古さを知らしてくれるのに十分であります。
また、当山には浄土真宗の開祖、親鸞聖人が自らの姿を彫刻された御真影が祭祠されています。 当山十一世、法印長泉の時代天福元年(一二三三)のことで、衆生済度のために、山陰の霊場に行きたいということが、文明五年(一四七三)長慶記述の親鸞聖人縁起にのべられています。
昭和二十年の終戦以来、社会の変革により、寺院の在り方も大きく変わりました。 昭和三十二年、当山の裏山一帯を、公園として整備し、遊具等も設置し、展望台も建設、大田市からも助成をあおぎ完成しました。当時は学校の遠足地として春秋には、近在の児童達が登山し、広く市民に親しまれてきました。現在は老朽化のため、遊具等は撤去しております。昭和五十二年には、永年の宿題であった自動車道の完成により、参詣の便が大変良くなりました。 岩鼻並びに展望台における、東に三瓶山、南に大江高山、北西に日本海を眺める景観は他所にない雄大なものです。
また、石見観音霊場として、県内は無論、県外からの参拝者も多く、特に最近は、高齢者社会を迎えますので、お年寄りが元気で楽しく生活できることを願って、白壽(百歳の一歩手前)観音の建立を計画いたしております。そのためには、境内地整備は申すに及ばず、過去数度の火災の度に痛恨してきた水利の便を、是非とも成就して、後世の憂を一つでも除くことが出来たなら、小住の喜びこれに勝るものは御座いません。
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高野山真言宗 金剛山 安楽寺 〒694-0031島根県大田市静間町八日市 電話(0854)84-8171 ファックス(0854)84-7710 Copyright(C) ANRAKUJI CO.LTD All rights reserved. produced by Shimaneoa |